倒産した出版社での出版権の扱いは?

今から約10年ほど前、BLを専門に扱っていたある出版社が事実上、倒産しました。
事実上、と書いたのは、その倒産の経緯がビジネスとしてはありえないほどにいい加減であり、
実際には何の後処理もされずに関係者全員が行方不明になったことによります。
その出版社は倒産の直前まで通常通り出版業務活動を行っており、
その直前まで全国か一部地域のみであったのかは不明ですが、大々的に書店注文を取っており、
いつものように取次に刊行物を納入していました。
しかしある日を境にいきなり連絡が取れなくなり、事務所ももぬけの殻となり、
債権金額が非常に大きかったことから、多くの取引先が裁判を起こしたようなのですが、
再三に渡る裁判所からの召喚があったにもかかわらず、その会社からは誰も出廷することもなかったため、
また実際には帳簿も決算書も存在しないなど業務の実態も不透明であったことなどから、
最終的には裁判所命令により事業所が閉鎖されたことによります。
そこで扱われていた出版物の8割方はBLでしたが、中にはごく普通の読み物や評論などもあり、
多くの書籍には編集者とは別に著作者が存在していました。
しかし倒産と共にそれら出版権や著作権の所在も分からなくなり、
実際のところはBLに関しては多くの再版を望む声があるにもかかわらず、
法律上の問題から初版刊行後、長らく放置されたままの状態となっています。
しかし数冊のBL関連書籍、並びに一部の書籍に関しては8年ほど前に一度、非常に奇妙な形で再版され、
今現在、更に不思議な形で別の出版社から再版が行われている模様です。
そこで今回はその経緯と流れを眺めながら、
倒産した出版社での著作権の扱いと倒産後の奇妙な再版の流れを紐解いていきたいと思います。


古くは大陸出版でも取られていた手法であるのですが、
いわゆる一世を風靡し、そのジャンルの確立において名の知れ渡ることとなった出版社の場合、
その黎明期には新人作家や駆け出しの作家に掲載や出版の機会を積極的に与えていくことで
自社のジャンルの確立と作家の抱え込みを同時に成し遂げることが非常に多く、
その既に倒産した出版社に於いても、やはり同様の方法が取られていました。
ライトノベル』という一つのジャンルの確立に貢献し、
その分野での多くの作家を新人から商業作家へとデビューさせていた大陸書房が倒産したとき、
大陸出版にほぼ依存する形で仕事をしていた多くの作家が連載や執筆などの仕事を失って路頭に迷うことになり、
一時、業界内で『大陸浪人』という造語ができたほどであったと人づてに聞いたことがあります。
このBL関連の出版社が倒産したときもまた、
同じように同人誌の世界から上がってきた多くのBL商業作家たちがその仕事先を失うこととなりました。
聞くところによると、読みきりしか書いていなかった作家さんの場合であればそれほど被害は大きくなかったそうですが、
中には連載からノベルズまで、殆ど全ての仕事をその出版社で行っていた作家さんたちもいたようで、
その後、他社で仕事をすることができればまだ良いほうでしたが、最終的にはこの倒産によって、
商業誌一切から身を引き、同人活動のみに活動の場を限定している作家さん達や、作家業を廃業した方々も存在するようです。
しかし、その出版社から刊行されていたオリジナル小説やコミックなどの出版権については、
どうやら未だに返還はされていないようですし、原稿の扱いに関しても、
倒産直後に一部の作家さんたちに対しては返送されてきたようですが、その返還の判断は決して上層部の指揮ではなく、
現場の担当者の判断によるものであった模様です。
しかし幾つかのイラストレーターさんの作品に関してはどうやら原画もデータも戻ってきていない場合が存在するらしく、
イラストレーターや作家さんたちに対しての印税も、一部を除いてまったく支払われていなかったようです。
名前のある程度売れている作家さんに至っては、
この出版社で仕事をしたこと自体が経歴の汚点になると考える方々も多かったようで、
実際に過去の仕事の実績としてこの出版社の名前が触れられることもありません。
確かに、会社の中心に於いて業務活動らしきものを行っていたのは、
元々、非常に黒い業界内でいわゆる有名企業や有名人のゴシップを中心に刊行物を作成し、
それを当事者らに買い取らせることで利益を得て生活をしていたらしい、
総会屋ともつながりがあるとも噂されている、曰くのある人物であるようですので、
そのあたりは保身に走って正解であったといえるかもしれません。


さて少々脱線してしまいましたが、著作権の話に戻ります。
出版者が倒産した場合、出版物の原稿は当然、著作者である作家の所有物ですので、
普通、一般良識のある出版社の場合であれば著作者に返還されます。
原稿の所有権を著作権と一緒くたにしている経営者も見かけるのですが、
一般的には原稿は著作権とは別物として、切り離して捉えられることが多いようです。
おそらくこれは大きな事件となった、さくら出版に於ける原稿流出事件の影響にもよるのかもしれないと考えられますが、
実際には、十数年前には殆どの出版社で原稿の返却は行われていなかったとも聞いたことがあります。
確かに、原稿が戻ってくるかどうかは、ある部分でその出版社の健全性を測る物差し程度には役立つかもしれないですし、
何らかの形で再版を行う場合に、元のオリジナル原稿が存在するのとしないのとでは、その再販の内容自体が変わってくるので、
そういった意味では非常に重要ですが、原稿を保持していることがそのまま、著作権を保持していることとはならないので注意が必要です。
もし著作者自身が著作権、出版権、著作物の頒布権、二次使用権などを全て自分自身で保持していればいいのですが、
実際にはそのようなことは殆どないものと考えられます。


出版社が倒産し、新たに身請けされることもなく、他社にて業務の引継ぎなども行われない場合の出版権の扱いとしては、
おおよそ、以下のように大別できるのではないかと思います。
A: 著作者に返還される
B: 出版社の財産として位置付けられ、管財人の判断によって債権者に譲渡される、
もしくは他の出版社に売却されるなど、何らかの措置が講じられる
C: そのまま放置される
もっとも、AとBの部分に関してはきちんと裁判所を間に入れて会社を整理する必要が生じてきます。
したがって、いい加減な経営者の行っていた小さな出版社の場合は一般的にCのパターンになることが多いのではないかと考えられます。
その場合、再版は勿論のこと、いくら後々になってから他社から再版したいという話が出たとしても、
出版権の所在が作家個人の独力では追跡できないような状態になっていることも非常に多く、
そういったことから、この出版社から刊行されていた書籍のように、
再版を望む声があってもそう簡単に再版に踏み切れなくなってしまっているのが現状です。
また、興味深いことなのですが、一時期この出版社の絶版書籍に関して、ある出版社から再版の話が出たそうで、
作家本人も非常に乗り気であったそうなのですが、
『再版したいのは山々なのですが、元の出版社から脅迫を受けるかもしれないので怖くて手が出せないんですよね』ということで、
担当の社員から断りが入ったということも聞いたことがあります。
もし、この話が真実であるならばその出版権はそうすると未だに、
その倒産した出版社の関係者もしくは元代表者が保持していることになるのですが、
果たして、もし今、再版の要望がどこかから出てきた場合に10年以上前の契約、尚且つ事業所は既に廃止されているものが、
果たしてどの程度効力があるのでしょうか。



既出の出版契約書、第26条と第27条では、この出版契約の有効期間が定められています。


第 26 条(契約の有効期間)
この契約の有効期間は、契約の日から初版発行の日まで、および初版発行後満   カ年間とする。


第 27 条(契約の自動更新)
この契約は、期間満了の3ヵ月前までに甲乙いずれかから文書をもって終了する旨の通告がないときは、
この契約と同一条件で自動的に更新され、有効期間を   ヵ年ずつ延長する。


出版契約有効期間がどのくらいであるのかは、その会社によってさまざまであると思うのですが、
私の関わったところでは5年間有効のものが多く、自動更新期間は3年〜5年であったと記憶しています。
5年間という契約有効期間が長いか短いかは別として、
第27条には、期間満了の3ヶ月前までに文書による終了の通知がない場合には、自動的に更新されると書かれています。
つまり、契約の解除には契約期間満了の3ヶ月前までに文書による通知を行えば充分であることになります。
しかしそれはあくまでも、会社としての実態が存続している場合にのみ有効であるのであって、
倒産した場合は郵便物も転居先不明で戻ってくることになりますので、この条件は当てはまらないことになります。



そして、倒産の場合の扱いに関して最も近いと考えられるのは、


第 24 条(災害等の場合の処置)
地震・水害・火災その他不可抗力および甲乙いずれの責にも帰せられない事由により、本著作物に関して損害を蒙ったとき
またはこの契約の履行が困難と認められるにいたったときは、その処置について甲乙協議のうえ決定する。


この部分でしょうか。
しかし倒産は、或いは著作者にとっては晴天の霹靂であったとしても、
出版権を保持しているであろう出版社にとってはどうなのでしょうか。
どのような組織であれ、たったの一日で完全に崩壊するということは、
余程のことがない限りあり得ないのではないのかと考えられます。
やはり出版社などの法人の場合、給与の支払いであるとか、督促の電話であるとか、業者との関係であるとか、
原稿料の支払いに関して等々、数ヶ月前には必ず、日々のお金の流れに何かの兆候が現れるであろうと考えられます。
逆に言うなれば、そのような症状を誤魔化しながらであったのか、
或いはそれらを改善させ、利益を得るためにそれでも業務活動を続けていたのかは今となっては分からないですが、
しかし経営の善し悪しは特に中小の出版社でワンマン経営の色彩が強ければ強いほど、
経営者の手腕によるところが大きいのではないかとも考えられますので、
ある意味、不可抗力とは呼べないのではないかとも感じますが・・・。


いずれにせよ、この契約書では、契約の履行が困難と認められる場合にはその処置については甲乙協議のうえ決定する、となっています。
であるならば、倒産などで業務である出版の継続が難しくなった場合、著作者が申し出ることによって契約を解除し、
出版権を著作者の手に戻すことができるのではないのでしょうか?



更に第22条、第23条ではこのように規定されています。


第 22 条(出版権消滅後の頒布)
乙は、第16条の規定に従い著作権使用料を支払うことを条件に、出版権消滅の後も本著作物の在庫を頒布することができる。


第 23 条(著作権または出版権の譲渡・質入)
甲が著作権の全部もしくは一部を、または乙が出版権を、第三者に譲渡または質入れしようとするときは、
あらかじめ相手方の文書による同意を必要とする。


第22条に則った場合、出版権消滅後、つまり契約は生きているけれども出版権がなくなった後であっても、
在庫があれば出版社はそれを頒布しても構わない、と受け取れます。
しかしそれはあくまでも『在庫』の頒布が認められているだけであって、再版ではないですし、強引な増刷でもありません。


また、第23条では甲乙双方で保有している著作権、出版権を第三者に譲渡する場合や質入する場合に関しての規定があります。
ここでは、著作者が勝手に著作権を譲渡したりできないのと同様に、
出版社に対してもその出版権を著作者の同意の文書無しに勝手に第三者に渡すことができないと書かれています。
しかし非常に興味深いことなのですが、件の出版社においては、
倒産後にその出版権は何らかの方法で著作者の知らない間に譲渡された模様で、
全く別の出版社から多数の刊行物の再版が行われています。
おそらく、一部の著者については第三者である別の出版社への出版権の譲渡を承諾したのかもしれないですが、
果たして本当に書類として双方で取り交わされていたのでしょうか。
また、件の出版社の倒産に際して債権者側は、一切の資産や不動産をその出版社に確認できなかったようなのですが、
そのような状態にもかかわらず一切の説明をせずに出廷することなく行方を晦ましてしまったらしい当時の代表者に、
果たしてそのように他社に出版権を譲渡するだけの業務処理能力が残っていたのでしょうか。
もし出版権が譲渡されたのであるならば、いつ、どのような方法で行われたのか、非常に興味深いところです。
それにおそらく企業間でのやり取りでしょうから、無料で譲渡されたはずはなく、
やはり金銭の授受か何らかの取引があったのではないかと推測されますし、
もしそのような金銭の授受があり、出版権が譲渡されたのであれば、
この出版社が抱えていたと言われる億単位の負債も、たとえその一部であったとしても支払うことが可能であるはずなので、
代表者をはじめとする人々がわざわざ行方を晦ませる必要は無かったのではないかとも感じます。
一体何があったのか、非常に興味深いところです。


ここで例として取り上げたものは、あくまでも2005年に制定された出版契約書の雛形ですので、
確かに10年前のスタンダードには当てはまらないものかもしれません。
しかしそれだからこそ尚更、現在の出版権、著作権の状況を著作者自身で掘り起こし、
確認することもまた必要ではないかと感じています。
事業所は裁判所の判断によって閉鎖されたようでありますし、当時から既に10年が経とうとしているわけですから、
再版を希望する版元などが裁判所に掛け合い、
作家さんたちの手に出版権を含めた権利を取り戻すことはそれほど難しいことではないのではないかとも感じます。
読者があってこその出版であり、読者があってこその再販であるはずです。
読者も著作者も不在の出版に果たして如何ほどの意味があるのでしょうか。